桜山神社の鳥居と階段

山口県下関市上新地町2-6-22に鎮座する桜山神社の鳥居と階段。...
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桜山神社の鳥居と階段

山口県下関市上新地町2-6-22に鎮座する
桜山神社鳥居と階段。



山口県下関市の中心街にある神社に急な階段が多いのは
以前から、お話している通りなのですが、今回の桜山神社
怪談級とまでは言えませんが、結構な階段でした。



鳥居とは?

鳥居(とりい)とは、神社などにおいて神域と人間が住む俗界を
区画するもの(結界)であり、神域への入口を示すもので
一種の「」です。

鳥居を立てる風習は、神社の建物がつくられるようになる前から
存在しました。

古来日本では、屋根のない門という意味で
「於上不葺御門(うえふかずのみかど)」とも言いました。
中国の「華表」の訳を鳥居とするので、過去には漢文で「華表」と
記した事もあったらしいです。

鳥居は一般的には神社を象徴するものとして捉えられていますが
仏教寺院にも見られる事があります。
(神仏習合とか言うらしいです)

一方で鳥居を持たず楼門(随神門)をもつ神社も存在するそうです。
戦後の区画整理により境内が縮小されたり移転したため、現在の神社
境内とは、かけはなれた場所に孤立している鳥居も
しばしば見かけられるそうです。

御陵に建てられていることもある。

図案(意匠)としては神職であった氏族や家(いえ)が家紋として
用いることがあるほか、現在の地図記号では神社を意味する。

また俗用に小便無用、不法投棄のごみ除けなどに
利用される事があります。

俗信においては、鳥居の上に石を投げて乗せると、願いが叶うと
言われる事があります(ただし危険であり、慎むべきです)。

数え方は、「1基、2基…」と数えるそうです。

一般にひとつの参道に複数の鳥居がある場合は
一番外側から「一の鳥居、二の鳥居…」と呼びます。
(上の写真は一の鳥居です)

また、神社の前に形成された町のことを
「鳥居前町(とりいまえまち)」と呼ぶ事があるそうです。



階段の真ん中に手すりがありますが
意味合いは2つあります。

ひとつは、足が強くない人や、おいらのようなメタボな人のために
文字通り『手すりとして』利用してもらうため。

もうひとつは『真ん中は神さまの通り道だから』です。
神さまが通る道を、人間が通るのは失礼に当たる。
という事ですね。



階段を途中まで登ると、こんな看板が見えます。
(階段途中、右側に見えてきます)

七卿史跡と書いてあるのが見えると思います。
七卿とは、逸話がある人たちなのです。

七卿落ち

七卿落ち(しちきょうおち)とは、1863(文久3)年の
八月十八日の政変において7人の公家が京都から
追放された事件。

この、七卿落ちの頃は江戸時代末期で、山口県や鹿児島県などが
クローズアップされていた時代でもあります。


七卿落ちの概要

1863(文久3)年、薩摩藩・会津藩などの公武合体派が画策した
八月十八日の政変で失脚した尊王攘夷派の公卿・三条実美、
三条西季知、四条隆謌、東久世通禧、壬生基修、
錦小路頼徳、澤宣嘉の7人の公家が京都を追放され
長州藩へと落ち延びました。

なお、上述の7名のうち、公卿の列にあるのは
三条実美と三条西季知の両名だけである事から
二卿五朝臣といった言い方もあるそうです。

同月24日には、彼らの官位が剥奪され
さらに、同年9月9日、彼らの諱はそれぞれ
( )内に改めさせられました。

三条実美(実)、三条西季知(知)、四条隆謌(謌)
東久世通禧(通)、壬生基修(修)、錦小路頼徳(頼)
澤宣嘉(宣)。

この7名は長州藩兵に付き添われて洛東にある
妙法院に集結した後、兵庫津を経て、海路で長州藩の
三田尻港(現・山口県防府市)を目指しました。

途上悪天候のため、3隻のうち2隻が徳山藩の
徳山港(現・山口県周南市)に上陸し、ここから陸路
三田尻に向かいました。

その後、錦小路頼徳は1864(元治元)年に病没
澤宣嘉は生野の変で挙兵したのちに、脱出して長州に潜伏
残る五卿は第一次長州征伐の後に、筑前国太宰府に
移されました(現・福岡県太宰府市)。

1867(慶応3)12月、王政復古の大号令の前夜
朝議にて赦免され、官位や諱が復されると、澤宣嘉は外務卿
三条実美は太政大臣や内大臣、三条西季知は参与や神宮祭主
東久世道禧は枢密院副議長や貴族院副議長となるなど
それぞれ明治政府の要職に就きました。

広島県呉市の大崎下島御手洗地区には、長州に落ち延びる際に
5人の公卿が立ち寄ったとされる屋敷が「御手洗七卿落遺跡」として
残っている他、徳山港には1913(大正2)年に建てられた
「五卿登陸處」碑(周南市・晴海埠頭の親水公園)があります。

また、三条実美らが明治維新まで3年に渡って留め置かれた
太宰府天満宮の延寿王院は、現在社家の邸宅となっています。



そんなこんなで、えっちらおっちら階段を登り
二の鳥居にたどり着きました。

おいらの心と身体(特に身体)に余裕があったら
ここで一礼をして、鳥居をくぐります。

桜山神社の事は、まだまだ続きます。


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[ カテゴリ:神社(山口県下関市) ]
[ 投稿日時:2012/05/19 ]
[ 編集 ]
コメント(2) | トラックバック(0)
コメント
この記事へのコメント
おつかれさまです!
鳥居とは?…の説明文が分かりやすくて良かったです。
いまさら人にきけないような些細なことでしたので助かりました。復習という意味で、再確認できて良かったです。
2012/05/19 01:28 | URL | kenji #tHX44QXM[ 編集]
けっこう長い階段ですね・・・。
2012/05/20 23:16 | URL | ティーよしほ #-[ 編集]
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